あおやぎブログ

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やぎぶろっ!

音楽・映画・本(雑談、レビュー、コラム)

記事の無断転載、引用は通報させていただきます

音楽好きが嫌い

 

 今回は、自分の好きな音楽が固まって新しいものを受け入られない化石、いわゆる懐古厨に向けた内容。

   自称音楽通、あるいは名乗っては居なくても、自分が聴いてる音楽は他人とは違っていてセンスがあると思っている人はかなり厄介だ。大衆音楽に流されないという面は確かに評価できる。しかしそれ以上に他を認めようとしないということが1番厄介な点だ。

 では、なぜこのような偏った考えが生まれてくるのか。恐らく彼らも初めからそうではなかったはずだ。

 原因を究明し、自覚することで対策になるのではないかと考えた。

 以下に主な原因についてまとめた。

 

新しい出会いはめんどくさい

 音楽と一言に言っても、その量は膨大である。知らぬ間に新たなアーティストが話題になって、「今話題の!」「若者大注目の!」などという紹介のされ方をしているアーティストを目にしても、「いつ?」「どこで?」といった感想を抱くのは当然だ。

 正直言って、新しい音楽を聴いていくという作業はめんどくさい。知らないアーティスト、楽曲というのは、どのような曲調かも分からないうえに、歌詞やメロディーなどの膨大な情報の理解に努めなければならない。

 新しい音楽との出会いを大雑把にまとめると、興味あるアーティスト(もしくは曲)を見つける。その代表曲をYouTubeで検索してみる。音源が気に入れば、レンタルショップまたはダウンロード。ダウンロードが無く、レンタルショップにも無ければ買うしかない。

 

ここまでの行動力ったら恐ろしいものである。

 

 楽曲が気に入らなかったらそれまでの労力が報われることはない。さらにMVを見るにしても数分の時間が奪われることになる。レンタルするなら数十分、購入となれば、金銭面で課題は大きい。一説によると、人間は20秒以上時間がかかる行動をめんどくさいと感じるらしい。それを考えれば、ここまでの作業をめんどうだと感じるのも無理はない。

  こんなにめんどうなら自ら動こうというモチベーションになる前に新しく出てくるものを切っていったほうが早いと感じるかもしれない。

 

新しいものは怖い

 新しい音楽を聴いていくということは、めんどくさいと述べた。

 それに加えて多くの人は新しいもの、未知のものに対して排他的になる傾向にある。この傾向が島国である日本の文化を守るために必要な特性で、潜在的に備わっているものなのかは知らないが、音楽番組をなんとなく観ていて話題のバンド、人気急上昇グループを観て、すぐにファンになるという人は少ないのではないか。

私も初めは否定的な姿勢から入る。「特別じゃなくね?」「~のパクリじゃん」なんて思うこともしばしばある。それが奇抜な演出になればなるほど、その思いは強くなる。これは私に限った話ではないはずだ。

 この否定的な姿勢というのは、パッと出の若手、今まで嫌いだったはずのジャンルに自分の培ってきた価値観が壊されるのが怖い。それは自分自身を否定することにもなるし、絶対的な知識を持つはずの自分が超えられるのが恐ろしい。

という心理から働いている考え方だといえる。

 

そうはいっても・・・

音楽に対する敷居の高さは人それぞれ

 自分が好きなアーティストにはそれなりの特徴があるはずだ。それに類似していれば好きなのか、そのアーティストの曲や、遍歴を知って好きになっていくのかは人それぞれだ。

 しかし2,3曲聴いただけでは、ファンではないし、そのアーティストが好きといえるかも怪しい。その辺のファンの定義の低下問題については深く言及しないが、アーティストを好きになってファンになるということは時間がかかる作業である。

 いきなり話題のアーティストを見せられて、気にいって音源集める人もいれば、時間をかけて慎重にMVのチェックや、音源集めを行う人もいる。高度になればライブに足を運んで、その可能性や自分の志向に合うかどうか見極める人もいる。

  あまり排他的な姿勢、先入観を排除して受け入れる姿勢で観れば素晴らしいものも転がっているはずだ。楽しむ気がなければ、楽しいものも楽しくなくなる。

 

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結論

いかがだっただろうか。自分に当てはまるところがあった人は要注意。

これまで偏っている人(懐古厨、老害)が生まれる原因を挙げてきた。

そもそも、なぜ新しい音楽を聴くかというと、新たな刺激を求めているか、自分の趣向にあった良い音楽を聴きたいから、既存の楽曲に飽きたなど理由はさまざまである。

 

 新しい音楽を聴く理由はあるが、音楽が飽和している現状では、新たな音楽を聴く時間と労力を惜しむ人が多い。それらを惜しむために懐古に浸ることしかできなくなる。

 

 凝り固まってしまった絶対主義を変えるのは難しいことだが、たくさん音楽があるということは、たくさんの良曲が溢れているということだ。少しの時間を費やして新しい音楽との出会いを探してみるのも悪くない。 

 

 大切なことは相対化である。自分が好きなアーティストだって、さまざまなアーティストの影響を受けている。その源泉を知ることは有意義なことだ。たくさんの楽曲を聴き比べたうえで、自分の本当に好きなアーティストを見つけている人はどれくらいいるだろうか。 何事も広い世界を知らずに、妄信するのは危険な考え方だ。

 

 音楽が好きなら能動的な作業を積極的に行い、そのなかで気に入ったものを適切に評価するべきだ。当然ながら、自分が好きなアーティストの数には上限はない。それにもかかわらず自分で好きなジャンルや音楽を限定してしまうのはもったいない。

 

 新たなリスナーや音楽好きが幅を広げてくれることによって音楽シーン全体が盛り上がることに繋がる。自分の新たな可能性、新たな一面を探ってみてはどうだろうか。

 

 そして通ぶって、「結局~が1番。」「~は神。」などといったことは口に出さないでほしい。それを1番とするなら他が2番より下になるということ。好きなものを否定されると気分が悪い。その1人に自らが成り下がっているということに気づかないのだろうか。

 

 終わり際に提案はしたが、上から目線で一蹴されるにきまっている。

だから音楽好きは嫌い。特に中途半端に知識付けた風の音楽好きが大嫌いだ。